成功する〝間取り〞の法則
各務 私たちの主戦場であるマンションと戸建住宅、それぞれのデザイン手法を分析してみましょう。まずマンションの間取りについてですが、日本のマンションは北側に共用廊下を、南側に窓を設けるケースが多く、居室は、南側にパブリックな空間としてリビング・ダイニング、その北側にプライベートな空間として水廻りや諸室を配置するのが一般的です。
必然的に北側の玄関から続く廊下が生まれます。玄関からプライベートな空間を通って、パブリックな空間へと人を招くという、プライバシーの点ではあまり評価できない間取りになっています。廊下の取り扱いは、間取りを再構築するうえで重要なテーマだと考えています。
中西 南面信仰は根強いですからね。木造戸建住宅でも同じことがいえます。従来の間取りでは、日当りのよい南側をパブリックな空間の応接間、北側をプライベートな空間とするのが一般的でした。応接間は来客の接遇を主目的とした設えで、現在のような〝家族のだんらん〞という、キッチンとの一体感があるリビング・ダイニングとは趣が異なります。
そのような間取りでは、家族は日当りのよくない部屋で、日中過ごさなければならないということになりがちです。日当りの悪い和室が物置になってしまうケースや、技術的な問題[※1]や家事動線への配慮などから、キッチンが1階に配置されるケースが多いのも木造戸建住宅ならではの特徴です。話を具体的な手法に移しましょう。マンションの間取りについて、各務さんは廊下をどのように取り扱っていますか?
※ 給水圧不足や漏水のリスクなどから避けられていたと想定される。現在では、システムキッチンやユニットバスの普及に伴い、技術的な障害はほぼ解消されている
各務 「廊下をなくす(少なくする)」「廊下の付加価値を高める」という2つの手法を選択しています。前者は全体の面積が比較的小さなケース(目安100㎡以下)で有効な手法です。無駄なスペースがなくなるので、居室が広くなります。「神戸M邸」(2013年)では、空間の中央にあった廊下の代わりに、浴室・トイレを集約した水廻りボックスを設け、リビング・ダイニングをL字形に配置しまたた。
水廻りボックスと向かい合うように、洗面台・キッチンが一体となったロングカウンターを壁面の長さを利用して設けています。このようなプランは行き止まりのない回遊動線を可能にするだけではなく、給排水計画の観点からも、住戸の中央を通るPS近くに水廻りを集約できるので合理的です。
後者は居室の面積が比較的大きなケース(目安100㎡超)で有効な手法です。居室の大きさが十分ならば、空間全体をやみくもにワンルーム化する必要はありません。絵を飾るギャラリーとして活用したり、クロゼットや本棚を設けてウォークスルータイプの収納として活用したりすれば、視線は自然と壁面に導かれ、隣り合うプライベートな空間には意識が向かわなくなります。
このとき重要になるのが仕上げです。内廊下はどうしても薄暗いので「六本木N邸」(2015年)のように光沢のある素材で仕上げ、間接照明などの光を利用して明るさを最大限に得たいものです。
仕上げ材としては、大理石のほかにも艶のある磁器質タイルやカラーガラスなどがお薦めですね。「代官山T邸(2013年)」のように、廊下の突き当たりの壁に壁・天井いっぱいの姿見鏡を張ると、実際以上に廊下が長く続くようにも見せることができます。
中西 木造戸建住宅では、構造が在来軸組構法であれば間取りを大きく変えることも不可能ではありません。先ほどお話ししたように、リビング・ダイニングを移動するというのが大きなテーマになりますが、具体的には2つのパターンが考えられます。A:1階の日当りのよい場所にリビング・ダイニングを配置する、B:住宅密集地で採光が期待できない場合は2階にリビング・ダイニングを配置する、というパターンです。
Aでは、玄関に近い位置にリビング・ダイニングを配置し、パブリックな空間を経由してプライベートな空間に至るようにすることがポイントです。「田園調布F邸」(2012年)はそれを具現化した建物で、リビング・ダイニングで家族と必ず顔を合わせられるよう、玄関から直接個室にアクセスできないようになっています。
Bでは日当りのよい場所に窓を配置するというのが重要なほか、構造的に1階は2階に比べて耐力壁が少なくて済むので、「新小岩の家」(2005年)のように、南北に抜ける開放的なプランとするのがより効果的でしょう。
マイナスをプラスに変える知恵と技
各務 なるほど。ただし、リノベーションでは〝間取り〞を再構築するうえで、どうしても障害になるものがありますよね。マンションではPS、柱形・梁形、窓の3要素です。すべて共有部分に該当するので、原則として手を加えられません。
PSでは、排水勾配を1/50〜1/100程度確保することを考えると、水廻りを自由に動かすのは難しいのが実状です。この問題を解決するための考え方は2つ。階高が3m以上あり、床下に十分な懐を確保できるのであれば、乾式2重床として床下で排水管などを引き回すのがよいでしょう。
マンション特有の問題である騒音の問題も、ある程度解決してくれます。排水管を家具(高めに設けた台輪)や小上りなどの中に隠蔽し、その懐を利用して排水管を横引きするという方法も考えられます。
柱形・梁形に関するリノベーションとしては、壁や天井の下地・仕上げを解体して露しにするという手法も人気があります。ただし、やや無骨すぎて高級感には欠ける印象があります。「杉並区S邸」(2012年)のように、梁をモルタルや塗装で均質に整え、壁面に残るGLボンドをケレンで磨いて印象をやわらげるなどのバランス感覚も求められるでしょう。
柱形・梁形のかたちを生かしたインテリアを構成するという方法も考えられます。「南平台N邸」(2014年)のように、柱形と梁形のサイズをそろえて1つのフレームとして見せ、それぞれの存在感を薄めつつ、フレーム内をニッチのように見せるという方法です。
最近は天井面をすっきり見せるために、逆梁工法で計画されたマンションも増えつつあります。逆梁の真上はデッドスペースになっていることが多いので、「代官山T邸」のように、その奥行きを利用して壁面いっぱいの収納を設える場合もあります。
最後の窓については、マンションでは外観を重視して配置・大きさが決められていることが多く、居室に対して窓が不必要に大きいケース、隣り合う窓の大きさが異なるケースなどが多々あります。原則的にサッシは交換できないので、窓を意識させないようなデザインを心がけています。
RCラーメン構造では窓を囲むように柱や梁が存在するので、「白金台P邸(2016年)のように柱形や梁形をつないで1つのフレームとして見せるのがよいでしょう。
2面採光の場合は、家具のレイアウトが難しくなりがちです。その場合は「白金台S邸」(2009年)のように、窓の1面をつぶして壁を立て、家具を設えるというのもアリだと思います。
中西 木造戸建住宅で障害となるのは主に柱です。確かに、柱の位置を比較的自由に動かせるのは在来軸組構法ならではですが、やみくもに動かすわけにはいきません。その重要な指標となるのが〝直下率〞[※2]です。
※2 2階柱と1階柱の位置が一致する割合を示すもの。直下率が高くなるほど、2階の柱を梁のみで受ける割合が減るので、鉛直荷重の下部構造への伝達がスムーズになる
間取りを大きくつくり変えようとする場合は、内壁の大部分は解体されます。解体してみると、上下階で柱の位置がずれていて、2階の床梁が屋根の荷重を負担しているケースが少なくありません。梁成が足りない場合は、時間が経つにつれて床梁がたわみ、建具の開閉不良といった問題を引き起すおそれがあります。
木造戸建住宅の改修では耐震性能の向上が非常に重要で、対象となる建物の多くが1981年以前の旧耐震基準で計画されていることから、耐力壁の壁量を増やすことに主眼が置かれがちです。
しかし、建物の耐久性を高めるには、柱の位置を上下階でそろえることも重要なのです。現行の建築基準法には〝直下率〞に関する規定はありませんが、『安全な構造の伏図の描き方 改訂第二版』(エクスナレッジ)によると、柱の〝直下率〞は50%以上確保することが望ましいとされています[※3]。
※3 2016年4月に起きた熊本地震では、強化新耐震基準(2000年)で計画された建物も倒壊してしまうというケースが散見されたが、その原因の1つとして「直下率」の低さが指摘されている
柱の位置を上下階でそろえるメリットとして、A:梁成を抑えられる、B:耐力壁の配置をそろえやすくなり、水平力をスムーズに下部構造に伝えられる、C:四隅の柱で囲まれた〝構造ブロック〞[※4]と呼ばれる単位を設定することで荷重の流れが明快になり、不要な柱や梁を撤去できる、ということが挙げられます。
※4 四隅に配置される柱とその上下を結ぶ横架材(梁・土台)で構成されるブロックのこと。木造では一辺の長さが約2間(3,640㎜)以内のサイズであれば安定しているといえる
「田園調布F邸」も例外ではありません。直進階段の廻りで1〜2階の柱位置がずれているところがあったのですが、大きな「構造ブロック」に沿って位置をそろえ、梁を補強することで、折返し階段の廻りに、玄関とリビング・ダイニング、2階がつながる大きな吹抜けを設けました。
補足になりますが、直下率が低くなる要因は、建物の1階に広い部屋があることです。1階にあるリビングを2階に移動し、小部屋を1階に配置すれば、1階の柱の数が2階よりも多くなるので、〝直下率〞を高めやすくなります。
柱と梁のデザイン処理も当然重要です。すでに述べたように、撤去できない柱や梁、新設した筋かい耐力壁を露しにするほか、面材耐力壁の場合は収納と組み合わせ、その存在を感じさせないようにする手法も考えられます。
写真・傍島利浩(ポートレート、「青山P邸」「田園調布F邸」)
②に戻る
④につづく