インタビュー

〝住まい〞の設計は無目的を旨とすべし―増田奏―②

おかげさまで「建築知識」は2021年7月号で通巻800号記念を迎えました。それを記念して、『住まいの解剖図鑑』の著者である増田奏氏(SMA)に、「建築知識」での思い出や、書籍誕生に関する秘話、これからの家づくりについてお話を伺いました。新刊『そもそ もこうだよ 住宅設計』も紹介!

住宅設計における勘違いとは?

 「建築知識」はいよいよ通巻800号を迎えましたね。これからも〝建築の実務書〞としての役割を果たしてほしいものです。それについて今私が感じているのは、情報が溢れるなかで表面的なことは分かっていても、本質的なことを理解していない人が実に多いこと。 

 たとえば、建築の設計はある意味、水との闘いなのですが、防水と雨仕舞いの違いがよく理解されていません。防水はあくまでも防水性の高い建材を用いることによって、建物のなかに水を浸入させないようにすること。一方、雨仕舞いは建物のカタチを工夫することによって、水をサッサと受け流してしまうこと。板金の屋根を平葺きする場合などは、接合部にあえて空隙(エア・チャンバー)を設けることもあります。

 

雨仕舞いと防水の違いについて解説した「建築知識2017年9月号」掲載の連載「住宅設計 勘ちがい解剖図鑑」第11回。屋根の葺き方や水切りの形状など、主として雨仕舞いに力点を置いた解説になっている。同連載は書籍『そもそも こうだよ 住宅設計』として発売(下記参照)


 
断熱についても。断熱に執心するあまり、初期費用の増大や内部結露のリスクには盲目的になり、自然環境に対応する人間の調整能力を低下させてしまうのでは、という懸念も少なからずあると思います。こうした思いから「建築知識」で2016年より連載を続けてきたのが「住宅設計 勘ちがい解剖図鑑」です。近いうちに書籍化される予定なので、ぜひご一読ください。

 

住宅とは目的をもたない建築

 ここからは、これからの家づくりについて考えてみましょう。読者のみなさんには、ぜひ『住まいの解剖図鑑』の〝CHAP・3〞をじっくりと読んでいただきたいと思います。ネットのレビューでは〝CHAP・1〞や〝CHAP・2〞に対する反応が多いのですが、私が最も訴えかけたかったのは実は〝CHAP・3〞。

 同章では、間取りを考えるうえでの共有と専有(コミュニケーションとプライバシー)について説明しています。「プライバシーは住宅の中で発生するものではなく、各人が住宅の外から持ち込んでくるもの」と定義。

 それをもとに、共有部と専有部の配置や動線のパターン、廊下の役割について解説しているほか、私が学生時代にアルバイトしていた増沢洵さんの「コアのあるH氏の住まい」(1956年)などを引き合いに出しながら、専有部(個室)の在り方を軸にとらえて、共有部(リビング)を余白として捉えることの重要性を説いています。

 コロナ禍で家にいる時間が増えている今こそ、プライバシーをどのように扱うのかは重要。ぜひ、読み返していただいて、共有と専有について改めて考えていただければ、と思います。

廊下の役割についての図説。廊下が存在することで、家族との距離感がうまく取れる、という利点に着目している。廊下をやみくもに排除するのではなく、“余白”として住まいのなかに採り入れることの重要性をうかがわせる

 

 最後に、家づくりの本質についての考えを述べましょう。昔の日本家屋は部屋に名前が付いておらず、襖で仕切られているだけの空間でした。状況に応じて、襖で仕切ったり、襖を取り払ったりして、うまく使い分けていました。「四畳半」や「六畳」などというように、間取りは空間の広さで規定されていたのです。

 部屋名が付き始めたのは戦後になってから。西洋風の家づくりが浸透するなかで、リビングやダイニング、寝室など、空間に目的をもたせるようになりました。今では「n+LD・K」という目的化された家づくりが一般化しています。

 しかしながら、家の間取りに目的をもたせる必要はあるのでしょうか。家は本来、無意味な時間をやり過ごす場所、と考えられるからです。

 パソコンに向かっての仕事、ベンチ(ソファ)に寝転がってのTV鑑賞、来客とのお酒の酌み交わしはすべて同じ場所で行われてもいい。家づくりには、このようなおおらかさが必要ではないでしょうか。

本文最後の頁に描かれたイラスト。仕事をひと休みしている女性のイラストが、十分な余白のなかにレイアウトされている。ここから増田奏氏の、住まいに対する哲学を感じ取ってもらいたい

 

 『住まいの解剖図鑑』の204頁には、デスクワークに疲れて体を休めている1人の女性が描かれています。彼女はこうつぶやきます〝…but what Ilike doing best is Nothing(私が最もしたいことは何もしないってことだ)”。

 『くまのプーさん』の最後に、クリストファー・ロビンがつぶやく名ゼリフですが、この一文に、家づくりの本質が詰まっているといえるのではないでしょうか。目的をもたないことが許される建築は、住宅だけなのですから。

※ 本インタビュー記事は「建築知識2021年7月号 ありがとう! 800号記念特集 最高に楽しい間取り」に掲載したものです。

 

増田 奏[ますだ・すすむ]
1951年横浜市生まれ。横浜の建築家グループ「area 045」会員。’77年早稲田大学大学院修士課程(穂積信夫研究室)修了。同年より’86年まで吉村順三氏の設計事務所に勤務したのち、’86年に独立。横浜市に建築設計事務所SMAを設立し、住宅設計を中心に活動。’87年より関東学院大学工学部、関東学院女子短期大学家政学部、日本大学生産工学部などで建築計画・建築設計の非常勤講師を歴任。主な著書に『住まいの解剖図鑑』(エクスナレッジ)など

 

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「建築知識」通巻800号記念特別インタビュー:片づけ〞の善し悪しは空間の強度で決まる。ー鈴木信弘ーはこちらから。

「建築知識」通巻800号記念特別インタビュー:「たまり」のある〝間取り〞が成功の方程式―飯塚豊―はこちらから。

Infomation―『そもそも こうだよ 住宅設計』(新刊)、好評発売中!

 大ベストセラー書籍『住まいの解剖図鑑』の著者である増田奏氏の新刊『そもそも こうだよ 住宅設計』が2021年11月にリリースされました。『住まいの解剖図鑑』とは異なり、より建築の実務に即した住宅設計の指南書となっています。手法や建材があふれかえる現代で、設計の基本を本当に分かっている人はどれくらいいるのでしょうか? 住宅設計の原理・原則を改めて解き明かしています。

縁の役割(材の取合いで生じるボロを隠す仕上げ材)と、ゾロの欠点(納まりは美しいが、経年変化でその美しが失われてしまう)について、手描きの納まり図を用いて解説している頁

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