インタビュー

〝住まい〞の設計は無目的を旨とすべし―増田奏―①

おかげさまで「建築知識」は2021年7月号で通巻800号記念を迎えました。それを記念して、『住まいの解剖図鑑』の著者である増田奏氏(SMA)に、「建築知識」での思い出や、書籍誕生に関する秘話、これからの家づくりについてお話を伺いました。新刊『そもそ もこうだよ 住宅設計』も紹介!

「建築知識」が生んだ“解剖図鑑”

 私が吉村順三先生の事務所で設計の実務を始めたのは1977年ですから、「建築知識」はすでに〝建築の実務書〞として欠かせない雑誌でした。とりわけ、建築基準法の特集は重宝していましたね。当時は、〝赤本〞と呼ばれている『建築基準法関係法令集』くらいしかなく、建築基準法の中身をイラストや表などを使用しながら解説しているものがありませんでした。独立後にはなりますが、地下室の容積率緩和(1994年)に関する解説は、とても役に立ちました。

 最近では、「2018年3月号―ずば抜けたプロだけが知っている小屋組の極意+DVDビデオ」が秀逸。木材の種類から小屋の組み方まで、これほど丁寧に解説したものを、私はほかに知りません。特に、A:和小屋と洋小屋の違い、B:折置組と京呂組の違い[※]、C:母屋方式と登り梁方式の違い、に関しては、正しく理解している人が少なく、特にCに対する無理解から、屋根を構成する合理的な方式をできていない人が多いと感じていますので、ご一読いただければと思います。

 

小屋伏図の描き方を解説している頁。棟木、母屋、桁・梁を3色で色分けして描くと、小屋伏図が分かりやすくなる、という内容を示し、その手順を具体的に解説している

同号はA4判の書籍『はじめて学ぶ 屋根・小屋組の図鑑』として2020年11月に刊行。本誌(B5変形)よりもさらに大きく図面が掲載されている

 

※ 折置組とは柱の上に小屋梁を載せ、その上に軒桁を載せるという古くからある小屋の組み方。京呂組とは柱の上に軒桁を載せ、その上に小屋梁を載せるという、現在の木造住宅で一般的な小屋の組み方

 

 著者として「建築知識」に初めて執筆したのは「2002年11月号―[納まる]詳細図300!![内装×ディテール]パーフェクト図鑑」。〝CADで描く詳細図面の勘ドコロ〞というテーマで、CADの作図方法について〝仕上げ表は不要、仕上げ材の情報は平面詳細図に書き込む〞という内容を説明させていただきました。

 

 

CAD詳細図の描き方についての解説。平面詳細図については“部材の形状どおりに描く”“線の太さは変えない”“文字による指示は少なく”がテーマ。当時の「建築知識」は現在に比べ、文章をより主体とした誌面構成だった

 

 その後、定期的に執筆依頼が来るようになったのですが、大きな転機となったのが、「2007年11月号―シリーズ最高傑作! 観るだけで分かるRC造現場入門[写真帖+DVDビデオ]」でした。当時、「建築知識」で人気を博していた、主要3構造の現場写真帖+現場DVDの特集です。そのなかで私は〝計画はシンプルを旨とすべし〞というテーマの記事を手描きのイラスト付きで解説させていただきました。RCの強みと弱みをコミカルなイラストで表現しつつ、躯体はなるべくシンプルに計画しよう、という趣旨の記事。そのイラストが特集担当編集者Fさんの目に留まり、『住まいの解剖図鑑』(2009年)が誕生するきっかけとなったのです。

 

「RC造とは何ぞや」についての解説頁。RCの弱点である重量について、鎧を羽織った人と羽織っていない人のイラストを用いながら説明。重い建物が耐震性に優れているわけではないことを直感的に伝えている

 

”解剖図鑑”は当初、”解体新書”だった。

 『住まいの解剖図鑑』は、関東学院大学の授業で使用していたイラストをベースにした住宅設計のイロハについての解説書です。装丁は寄藤文平(文平銀座)さん。〝住まいの解剖図鑑〞というタイトルは彼のアイデアです。当初、〝住まいの解体新書〞というタイトルを考えていたのですが、Webで検索すると、同じタイトルのものが存在していることが判明し、寄藤さんとFさんの機転で、『住まいの解剖図鑑』に変更することにしたのです。1つのテーマ(見出し)ごとに内容を理解させるという構成案も彼らのもの。なので、パラパラとめくりながら、どこからでも気軽に読み始められます。

 

親しみやすさが溢れる『住まいの解剖図鑑』のカバー。累計15万部を突破した本書が、その後に続く”解剖図鑑”の礎となっている

 

 当初、私はそんなに売れるとは思っていませんでしたが、すぐに増刷がかかってびっくり。さらに驚いたのは、すぐに、建築関係に限らず〝ビジネスマナー〝戦争〞、さらには不可侵の存在であるはずの〝神様〞までもが、エクスナレッジの手によって〝解剖〞される事態に。 

 正直、本のコンセプトやタイトル、装丁に関しては、Fさんや寄藤さんと知恵を出し合ったものだったので、模倣についてはあまりいい気分はしませんでしたが、Fさんに「真似されればされるほどオリジナルが売れるものですよ」となだめられたのと、実際に発売後10年を超えてもなお売れ続けているので、今ではあまり気にしていません(笑)。

 台湾や中国、韓国でも出版され、アジアの人にも親しまれているようです。ただし、韓国語版にはびっくりしましたね。台湾語版と北京語版は日本語版と同様に編集されていたのですが、韓国語版は雨傘を差した侍のイラストなどが韓国の対日感情に配慮したのか、消されていました。

 正直、そこまでしなくても…と思ったのですが。いずれにせよ、コロナ禍に併う巣ごもり需要もあって、海外でも売れ行きを伸ばしているようです。

屋根の役割を雨傘にたとえて解説している頁(左は日本語版、右は韓国語版)。ただし、韓国語版で描かれているのは雨傘のみ。人が描かれていないので、不自然な印象は否めない

 

 

※ 本インタビュー記事は「建築知識2021年7月号 ありがとう! 800号記念特集 最高に楽しい間取り」に掲載したものです。

 

増田 奏[ますだ・すすむ]
1951年横浜市生まれ。横浜の建築家グループ「area 045」会員。’77年早稲田大学大学院修士課程(穂積信夫研究室)修了。同年より’86年まで吉村順三氏の設計事務所に勤務したのち、’86年に独立。横浜市に建築設計事務所SMAを設立し、住宅設計を中心に活動。’87年より関東学院大学工学部、関東学院女子短期大学家政学部、日本大学生産工学部などで建築計画・建築設計の非常勤講師を歴任。主な著書に『住まいの解剖図鑑』(エクスナレッジ)など

 

②に続く

「建築知識」通巻800号記念特別インタビュー:片づけ〞の善し悪しは空間の強度で決まる。ー鈴木信弘ーはこちらから。

「建築知識」通巻800号記念特別インタビュー:「たまり」のある〝間取り〞が成功の方程式―飯塚豊―はこちらから。

Infomation―『そもそも こうだよ 住宅設計』(新刊)、好評発売中!

 大ベストセラー書籍『住まいの解剖図鑑』の著者である増田奏氏の新刊『そもそも こうだよ 住宅設計』が2021年11月にリリースされました。『住まいの解剖図鑑』とは異なり、より建築の実務に即した住宅設計の指南書となっています。手法や建材があふれかえる現代で、設計の基本を本当に分かっている人はどれくらいいるのでしょうか? 住宅設計の原理・原則を改めて解き明かしています。

縁の役割(材の取合いで生じるボロを隠す仕上げ材)と、ゾロの欠点(納まりは美しいが、経年変化でその美しが失われてしまう)について、手描きの納まり図を用いて解説している頁

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