工業製品を使いこなす利点
各務 ここからは空間の設えについて話を進めてみましょう。分譲マンションでは、エントランスやエレベータホールなどの共用部分は、大理石などによる仕上げによって高級感を感じさせる一方、専有部分の室内では床が複合フローリング、壁・天井は白いビニルクロス仕上げと、あまりにも無味乾燥な設えになっているケースがほとんどです。
これは、誰にでも受け入れられやすいデザインであることを念頭に設計が進められているからです。リノベーションでは、住み手の個性や価値観を空間で表現することが求められるので、さまざまな素材を組み合わせてインテリアを構成していきます。
特に重要なのが玄関。玄関の正面に見えるものの第一印象はとても大切です。玄関とリビングが正対するような間取りの場合は、「代官山T邸」(2013年)のように、間仕切を兼ねる建具に希少な突き板を利用して高級感を印象づけたり、「一番町Y邸」(2015年)のように建具を全面ガラス張りにして、リビング・ダイニングの雰囲気が感じられるようにしたりします。
仕上げ材の選び方について話をすると、複合フローリングや磁器質タイルなどの工業製品を随所に使うのが、私の基本姿勢です。大理石や無垢材などの自然素材のみで空間全体を仕上げると、素材の個性やムラが強く出すぎ、まとまりに欠ける印象を与えかねないからです。
ただし、複合フローリングといっても無垢の質感は大切にしたいところ。表面の突き板の厚さが2㎜以上あるものがいいですね。ホワイトソープ仕上げの白拭き取り具合が絶妙で上品さが際立つ「スカンジナビアンフローリング ワイドプランクOAEWS」(スカンジナビアンリビング)や、B&C級グレードの表面突き板を混ぜながらも木ならではの風合いを表現した「複合フローリング20シリーズ」(IOC)などがお薦めで、後者は壁仕上げ材としても重宝しています。
磁器質タイルは大理石の代わりとなるもの。大理石は確かに高級感のある素材ですが、産地での大量採取により最近ではきれいな柄のものが入手困難になっているうえ、仕上げ厚が50㎜程度にもなるため、下地やそのほかの仕上げ材との取合いが複雑になります。
一方、磁器質タイルは仕上げ厚も15㎜でそのほかの仕上げ材と面で納めることが容易ですし、最近はインクジェット技術の向上がめざましく(美しい柄を何通りも写真で撮影して、それを表面に印刷するなど)、本物の天然石と見間違えるような質感の磁器質タイルが比較的安価に入手できます[※1]。
※1 伊グラニティ・フィアンドレ社製のものでは、インクジェット印刷によって、表面のみならず内部にまで柄模様を染み込ませることで、同じ柄でもグロスもしくはマットといった質感の違いを表現できるようになっている
中西 私も各務さんと同じで工業製品をよく使います。「複合フローリング20シリーズ」などの複合フローリングは定番です。後者も床暖房対応で、コストパフォーマンスが高いです。
工業製品を使う理由は、個人的に営繕の経験が意識に刷り込まれているのかもしれませんが、竣工後に起こり得る不具合のリスクが少ないことと、メンテナンスが比較的容易なことです。素材のクセを見極めて施工してくれる職人が減少傾向にあることも理由の1つです。
それが最もよく現れるのが建具です。製作のフラッシュ戸は、面材の反りによる開閉不良などが少なくありません。一方、既製品の建具は非常に進化しており、面材の反りはまず起こりません。なかでも、各務さんがインクジェット印刷技術による描画力の高さをご指摘されましたが、「VERITIS」(パナソニック エコソリューションズ社)は、建具の表面を覆う特殊シートが天然木や漆喰の質感を忠実に再現しています。
加えて、リノベーションの現場では、躯体の状況に合わせて部材寸法を細かく調整する必要がありますが、現場で簡単にカットできるなど、対応力にも富んだ製品です。今後のさらなる進化にも期待大です。そういえば、各務さんも既製品の建具を使いますよね。
各務 玄関正面にあるメインの建具には使いませんが、建具がそれほど目立たなくてもよい場所では「フルハイトドア」(神谷コーポレーション)を使っています。
建具について補足すると、面材として多用するのがカラーガラスです。商業施設で使われることの多い素材ですが、ガラスがもつ透明感と光沢感は空間のアクセントとして映えます。ただし、小口が見えると興ざめなので、小口はアルミアングルでカバーしています。お薦めは「ラコベル」(AGC)など。色はブラウンや白、ブラックやネイビーを多く用います。
カラーガラスを建具に張る場合、重量増への対応には苦労しますが、従来比60%の重量を削減した「ラコベル・プリュム」(AGC)は軽量で施工性も悪くありません。
中西 設えとして目に見える部分ではありませんが、木造戸建住宅では耐震性能や断熱性能を向上させることも重要なので、それぞれの建材選びも重要です。耐震性能を向上させる耐力壁は、基本的な考え方として外壁を構造用合板で固め、内部の耐力壁を少なくして、将来的にもプランニングの自由度を高めています。
もちろん、建物形状(建物が長方形の場合など)によっては、内部にも耐力壁を設ける必要があるので、その場合は、設備配管による欠損が避けられる筋かい耐力壁を使います。このとき、より高い安全性を求めるのであれば、制震ブレース「ミューダム」(アイディールブレーン)がお薦めです。地震力による揺れ幅を85%低減できるほか、壁倍率の認定を取得しているので補強設計のうえでも有効です。
断熱改修では、外張り断熱を採用する場合もありますが、コストの観点から外壁仕上げは部分的な解体にとどめる(断熱性の高いサッシを取り付ける場合に窓廻りを解体するなど)ことが多いため、室内側からの施工が可能な充填断熱とするケースが多くなります。高性能グラスウールの「アクリアウールα」(旭ファイバーグラス)などをよく使います。
防湿・気密シートに適度な硬さがあり、施工中に破れにくく、コストパフォーマンスが高いところがいいですね。1階床下は、布基礎などで基礎断熱が難しいことが多いため、基本的に根太間を利用した床断熱としています。フェノールフォームの「ネオマフォーム」(旭化成建材)なら、根太の成と同じ45㎜厚で、省エネ基準(6[Ⅳb]地域)で必要な熱抵抗値2.25(㎡・K)/Wが担保されているので、重宝しています。
〝かたち〞を変えて生き続ける建築
各務 色々と話してきましたが、そろそろ総括に入りましょう。リノベーションのよさとは、過去を未来に生かすことにあると思います。設計者がかかわる大規模な計画は、スケルトンリフォームになりがちですが、過去のよいところは積極的に活用すべきだと考えています。
1980年代までに建てられたヴィンテージマンションも、また「田園調布F邸」(2012年)も例外ではなく、家具や建具、小屋組などその当時でしか実現できないデザインが随所にあります。
解体は部分的にとどめて、新しい技術と組み合わせると、コストが抑えられるだけではなく、〝世界にひとつだけのプレミアム・リノベーション〞を表現することができるでしょう。
中西 まったく同じ意見です。リノベーションのよさとは過去に学ぶことにあると思います。先人たちが長い時間をかけて築き上げた知恵を現代の状況に合わせて読み替え、新しい価値として未来につなげていく行為には、大きな使命感を覚えます。ですから、完成品をつくるというよりは、手を加えやすいよう〝かた〞[※2]を整える姿勢で仕事に臨んでいます。
※2 菊竹清訓氏が提唱した“か かた かたち”の方法論。“か”は原理や構想を指し、“かた”は法則やシステム(ここでは直下率やモジュール)を意味する
これからの時代は、新築を設計する場合にもリノベーションを想定する必要があると思います。自分の作品を世の中に顕示しようとする意識が強すぎると、後から手を加えることが難しい計画になりがちですが、設計者は〝数十年後に建て替えられる建物を設計すべき〞なのか、〝世代を超えて、目的を変えながらも受け継がれる建物を設計すべき〞かをよくよく考えるべきでしょう。西洋の格言にもあるように、私たちは、巨人の肩に乗っているのですから。
写真・傍島利浩(ポートレート、「青山P邸」「田園調布F邸」)
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おわり