新着 建築 インタビュー

歴史と文化を生かすリノベ術①

〝大正浪漫〞の趣を残す温泉街にある木造建築「銀山温泉 本館古勢起屋」が、建築家・瀬野和広氏の改修設計により、当時の趣をそのまま生かした形で現代によみがえりました。内外装ともに、大正時代に一世を風靡した木造の洋館建築の設え。歴史と文化を繋ぐ、その設計術を紐解いていきます。

銀山温泉によみがえる“大正浪漫”

大正末期から昭和初期に建てられた和洋風の木造建築が、銀山川の両岸に軒を連ねる銀山温泉(山形県尾花沢市)は、〝大正浪漫〞の趣を残す温泉街です。銀山温泉「本館古勢起屋」は大正時代に建築され、昭和初期に増築された木造3階建ての旅館。築年数が100年を超えて建物の老朽化が進み、改修するに至りました。設計を指揮したのは、木造建築のリノベーションで多くの実績をもつ瀬野和広氏(瀬野和広+設計アトリエ)。コンセプトは〝元の姿をそのままに〞。

 

大正時代に旅館として建築された当時は、入母屋屋根(スギ皮葺き)の総2階建て【★】

その後、昭和初期に総3 階建て(屋根はトタン葺き)として増築された。基礎や上部構造には手を加えず、既存の屋根を撤去して3 階部分を増築(しかも唐門を撤去して、その真上にも2・3 階と屋根を増築)しただけなので、構造的には非常に不安定【★】

 

「デザインの痕跡を残したいと考えるのが、設計者の性分。しかし今回の改修では、外部に一切手を加えていません。1階の腐食した部分は除いて、外壁・軒天井・木製建具・戸袋はクリーニングと補修したのみで、すべてもとのまま。それが、大正時代の名残を未来に継承するための最善策と判断してのこと」(瀬野氏)。

 

改修直前の十数年間、建物は使用されておらず、外観の老朽化も著しかった

改修後の外観。形は一切変更されず、限りなく既存の仕上げ材・建具・看板を再利用して化粧直し。その面構えに建物の歴史がにじむ

 

一方、内部は現代の生活様式にも目配りして間取りを大胆に変更。地元の木材(西山杉)を多用し、外部との調和を図るなど、地域の歴史と文化を尊重して空間を設えています。一新された銀山温泉「本館古勢起屋」には、耽美芳しき〝大正浪漫〞がよみがえりました。

 

Before 倒壊寸前の建物が語りかけるもの

銀山温泉「本館古勢起屋」は、建築当時の低い耐震性能や無理な増築により、調査時には建物として利用できない状態でした。一方、経年変化が刻まれた木製建具や竿縁天井、鴨居、欄間などには、現在の木造建築では目にすることのない貴重な伝統の美が宿っています。

 

長期荷重で顕著にたわんだ躯体

玄関ホールから浴室の方向を見る。3階の増築や積雪によって建物の重量が大きく増えたため、長期荷重によって天井が顕著にたわんでいることが分かる。垂壁のひび割れも確認できる

 

仮筋かいで補強された客室

客室。田の字形プランになっており、客室は敷居で仕切られているのみ。「改修前は今にも倒壊しそうな状態だったので、調査時には、建物の随所が仮筋かいによって補強されている状態でした」(瀬野氏)

 

木とガラスのファサードを構成する木建

ホワイエと階段(3 階)。正面に見える腰付きの木製建具と欄間越しに、温泉街の風景が広がる。木製建具と欄間は、大正から昭和にかけての風情を表現するファサードの重要な要素にもなっている

 

強度的に不安な木製階段

2カ所に設置された階段はいずれも木製。シンプルな側桁階段であるが、構造的に不安定であり、幅も750㎜ しかなく、共用階段としての使い勝手には問題があった。階段室廻りの天井は竿縁天井

 

入母屋屋根を支える小屋組

天井が解体された3階から小屋組を見上げる。梁間方向の小屋組は、かつて木造の校舎などで普及していたキングポストトラス(中央に真束と呼ばれる支柱を立てた山形トラス)であり、6 寸勾配の大きな屋根裏空間が広がっている。桁行方向には筋かいが確認できる。野地板は昔ながらのバラ板が見える

 

銀山温泉 本館古勢起屋
設計= 瀬野和広+ 設計アトリエ
施工= 市村工務店
写真= 長岡信也 【★】は施主支給

 

②につづく

 

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