920MHz帯の電波で電力を空間全体に飛ばす
“ワイヤレスで電気を給電する”—。二コラ・テスラ[※1]がかつて夢見た技術が実社会に根付こうとしています。ワイヤレス給電の技術開発や実装支援を手がける米スタンフォード大学発のスタートアップ企業・エイターリンクでは、最大17mの長距離でも電力をほぼ物理法則に近い形で効率よく給電できる世界初の技術「AirPlug™」を実用化。空間のどこにいても給電が可能であり、“配線”が当たり前に行われている建築のデザインを大きく変える可能性をも秘めています。その技術の一旦を紐解いてみましょう。
※1 二コラ・テスラ(1856年~1943年1月7日)は電気技師・発明家。100万ボルトまで出力可能な高圧変圧器(通称:テスラコイル)や無線トランスミッターを発明したほか、高さ57mの無線送信塔「ウォーデンクリフ・タワー」の建築計画を手がけた
「AirPlug™」の土台となっている技術はペースメーカーをはじめとする医療用のメディカルインプラントデバイス。体外から体内深部20cmへワイヤレス給電することで、デバイスを操作させるというものでした。ワイヤレス給電の方法としては電波・磁界共振・電磁誘導・電界結合[※2]という4つの方法がありますが、「AirPlug™」では“送電可能な電力は小さいものの、給電空間内であれば、いかなる位置においても無数の受信機へ送電可能”な電波を採用しています。
アンテナや電子回路基板の改良に伴い、出力可能な電力は1W(受電可能な電力は数mW)ですが、スマートフォンの無線給電(極近距離)では実現できない、最大17mもの距離を送電できます。
※2 電波は”高周波信号”を電磁波に変換して電力を送受信する。磁界共振と電磁誘導は磁界を用いて電力を送受信する。電界結合は送電側と受電側の電極を対面させてコンデンサを形成し、数百kHz~数MHz程度で電気を流すと相手側電極に電気が流れる
ここで気になるのは電波の人体への影響でしょう。一般的に高い周波数の電波を採用すれば、人体への影響が懸念されます。実際に「AirPlug™」で採用されている電波の周波数は、人が居住する環境下で使用できる920MHz帯(918MHzと919.2MHz)[※3]。極超短波(UHF)と呼ばれる領域の電波で、スマートフォンや無線LANなどで一般的に利用されている電波です。
しかも、スマートフォンのように人体に密接することが想定されないため、人体が受ける電波の影響はスマートフォンやWi-Fi機器などよりも小さく安全だといえます。しかも、電波の直進性はそれほど強くないので、人に対して安全なだけではなく、空間全体に、デスクの裏側に設置された受信機にも、送信機から電力を送電することが可能になっています。
※3 2022年5月に総務省が官報に「電波法施行規則等の一部を改正する省令(総務三八)」を掲載。日本国内での空間伝送型ワイヤレス電力伝送(WPT)のための電波使用が可能となり、WPT局(920MHz帯・2.4GHz帯.・5.7GHz帯)が開設された。人が居住する環境下で使用することができるのは920MHz帯のみ
オフィスの環境管理でワイヤレス給電を活用
こうした特徴は建築の在り方を大きく変える可能性を秘めています。機能面では給電空間に数多く配置されたセンサー(受信機)に一度に複数の送信機から電力をワイヤレスで給電することで、室内の環境変化をリアルタイムで把握可能。空調機器と連動すれば、温熱環境を合理的にコントロールすることが可能になります。デザイン面では“配線”に依存せず自由に空間をレイアウトできることが利点です。現在は1Wの小さな電力しか送電できませんが、送信機の設置台数を増やし、“配線”がなくなることで、建築デザインの自由度が高まり、かつスイッチやコンセントのないノイズレスな空間を提案しやすくなるでしょう。
「竹中工務店静岡営業所」では「AirPlug™」を採用。床下に埋め込まれた送信機から、椅子の裏に取り付けられた温湿度や照度、CO2などの環境センサーに給電を行っています。リモートワークが定着し、出社率が日々変動するなかで、センシング技術を活用した、オフィスの合理的な温熱環境維持に貢献しているとのこと。2022年9月にはエイターリンクが、空間伝送型無線電力伝送用構内無線局(WPT局)の第一号を取得したことにより、世界で初めて「AirPlug™」のWPT局運用が「竹中工務店静岡営業所」にて開始されています。
以上のように、ワイヤレス給電・送電技術には大きな可能性が広がっています。エイターリンクでは今後も引き続き920MHz帯の領域にて技術開発と実装支援を行い、建築のみならず、工場におけるワイヤレス給電を活用した、製造ライン上にあるロボットのセンサーが頻繁に断線する問題の解決、医療分野では投薬での治療が難しい病気に対するワイヤレス送電・給電を活用したメディカルインプラントデバイスの開発に注力していく予定です。