建物属性までを3Dモデル化
建築設計のすべては、地理情報との整合性を図るところから始まります。とりわけ、建物が密集する都市部では、街並みの情報を正確に読み込んで、設計の精度を高めていく必要があります。しかしながら、都市計画基本図をはじめとする都市の図形情報(通称:都市計画GIS)は2Dで、3D化されたデータベースではありませんでした。
建築の分野でよく利用されている「Google Earth」も単なる衛星写真を重ね合わせた映像。都市空間の形状を再現しただけのジオメトリモデルにすぎず、建物の属性情報(用途・高さ・規模・防耐火要件など)は別途調査する必要がありました。そのため、設計の初期段階において、大きなストレスを感じている設計者は少なくないでしょう。
こうした問題を解消すべく、2021年3月に国土交通省が発表したのが3D都市モデル「PLATEAU」です。行政が保有する都市計画GISと航空測量などによって得られる情報、都市計画基礎調査などによって取得される建物の属性情報を掛け合わせて、都市をリアルに3Dモデル化したものです。データは無料で公開されており、商用利用も可能となっています。
建物の用途と構造を3Dで可視化
建物の情報が3Dモデル化された画像とともに表示されるので、設計のクオリティとスピードを飛躍的に高められます。加えて、水害や地震などの災害リスクの可視化による防災対策の立案、スマートフォンの位置情報を利用した都市活動の可視化、データを活用した高度な街づくり、建物内部からの詳細な避難経路のシミュレーションまでもが行えます。とりわけ、コロナの影響により、リアルな防災訓練を実施しづらい現在、バーチャル空間の使用による検証は心強いものです。
「PLATEAU」によって生まれる付加価値は、建築や災害対策のフィールドにとどまらず、無限に広がっています。たとえば、バーチャル都市空間における〝街歩き・購買体験〞は、リアルに表現された都市空間・商業施設内を自由に散策できるような仕組み。すでに三越伊勢丹ホールディングスは、伊勢丹新宿店をベースとする「バーチャル伊勢丹」を、「PLATEAU」を用いて新宿3丁目のエリアを含む「バーチャル新宿」の実証実験として行いました。
“バーチャル新宿”で街歩きを実現
ほかにも、バーチャル空間を使用したアニメーションやゲーム、メディアコンテンツなど、さまざまな使い方が想像できます。「『PLATEAU』を公開した3月末の時点で、地理空間やエンターテインメント系のエンジニアがtwitterなどで興味を示し、実際に3D都市モデルを活用した開発に着手しています」(国土交通省 都市局 都市政策課 企画専門官 細萱英也氏)。
自律分散型の理想を体現
「PLATEAU」は、地理空間情報分野における国際標準化団体OGC(Open Geospatial Consortium)が開発した標準データフォーマットGityGMLの概念であるLOD(Level of Details)に基づいて3Dモデルが制作されています。LODは1〜4までの4つ。LOD1〜3では、建築の外形情報しか取得できませんが、LOD4では、BIMやCIMと連携しており、建築内部の情報も閲覧・取得・活用できます。バーチャル空間での避難訓練やショッピングは、LOD4の3Dモデルを利用して行います。
「PLATEAU」に導入されたLOD
国土交通省ではすでに、全国56都市・約1万㎢の3D都市モデルを「PLATEAU」として整備しています(2021年3月時点)。今後は地域をさらに拡大していくほか、道路空間のデータをより充実させていく方針です。3D都市モデルを制作するために必要な知見をまとめた「3D都市モデル導入のためのガイドブック」も公開しており、自発的な3D都市モデルの制作を促しています。ビジネスモデルコンテスト「PLATEAU Business Challenge2021」なども実施し、利用促進も積極的に行っています。
「PLATEAU」という詩的なネーミングは、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著『千のプラトー― 資本主義と分裂症』(1980年)から引用されたフレーズです。同書においてプラトー(高原・台地)は、自律する無数の個体が相互に作用することによって形成される分散型ネットワークのメタファーとして叙述されています。主役は世界を構成するそれぞれのプレイヤー。「PLATEAU」は、まさに潜在力に満ちた次世代の都市空間プラットフォームといえるでしょう。