第1回のテーマは、長期化するロシアによるウクライナ侵攻。これが巡り巡って、私たちの電気代にどのような影響を及ぼしているのか考えてみましょう。
2022年、世界で立て続けに起こっている「常識外れ」な事態
2022年に入り、以前には考えられない「常識外れ」な事態が立て続けに発生しています。特に、ガソリンや電気単価の急上昇など、エネルギーにかかわる問題が連日報道されています。このようなエネルギーの高騰が、日々の生活の中で「痛み」として実感される時代が到来したのです。
●2022年に報道されたエネルギーや資源にまつわるあれこれ
1月26日 | ウクライナ情勢の緊迫を受けて原油先物が7年ぶりに1バレル90ドル超え |
1月31日 | 燃料油価格激変緩和対策として、ガソリン補助開始(1リットルあたり上限5円のちに35円まで増額) |
2月24日 | ロシアによるウクライナ侵攻開始 |
3月10日 | ロシアが日本を非友好国として木材輸出を禁止。ウッドショックの深刻化 |
3月16日 | 福島県沖地震で計14基・648万kW分の火力発電所が停止 |
3月22日 | 発電能力不足と寒波到来のため「需給ひっ迫警報発令」が2012年の導入以降はじめて発令 |
3月25日 | ドイツのハベック経済・気候相がロシアからの天然ガスへの依存を2024年夏までに終了すると宣言 |
4月4日 | 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書WG3報告書公表 |
4月22日 | 消費者物価指数3月分公表。前年同月比1.2%上昇。うち電気代21.6%・ガス代18.1%・ガソリン19.4%上昇。住宅を含めた全ての建築に省エネ基準を義務化する「建築物省エネ法改正案」閣議決定 |
4月26日 | 内閣官房がコロナ禍における「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」発表 |
4月27日 | 東京電力の燃料費調整額6月分2.87円/kWhに上昇。2015年03月の2.83円/kWhを更新し過去最高額に |
4月28日 | 円安が急激に進む。20年ぶりに1ドル130円台へ。輸入材が高騰 |
4月30日 | 14万世帯契約の新電力「エルピオ電気」が電力小売りからの撤退にともない事業終了 |
6月7日 | 夏の電力逼迫、政府が節電を要請。休止の火力電力の再稼働を求める |
6月21日 | 岸田総理が「物価・賃金・生活総合対策本部」で家庭の節電でポイント付与を言及 |
6月24日 | 消費者物価指数5月分公表。前年同月比2.5%上昇。うち電気代18.6%・ガス代17.0%・ガソリン13.1%上昇。 |
こういったエネルギー事情の激変は、ロシアのウクライナ侵攻が直接の引き金となったのは事実です。ウクライナ侵攻を非難した西側諸国がロシアに対して経済制裁を発動すると同時に、世界各国がロシアの化石燃料に大きく依存している現実も明るみになりました。
一方で、その根底には世界全体を巻き込んだエネルギーの争奪競争と脱炭素化への大きな流れがあり、日本も無関係ではいられません。むしろ急激な円安に象徴されるように、日本の国際的な地位が低下するなか、世界動向の影響をまともに受けやすくなっているのが実情です。
ピンチ!?日本のエネルギーは外国に依存しすぎ
よく知られているように、日本はエネルギー資源の多くを海外からの輸入に頼っています。日本のエネルギー自給率は2020年で12.1%にすぎず、特に石油・天然ガス・石炭といった化石燃料のほとんどを輸入に頼っています。
●主要国の一次エネルギー自給率比較(2019年)
出典:日本のエネルギー2021(資源エネルギー庁)
●日本の化石燃料輸入先(2020年)
出典:日本のエネルギー2021(資源エネルギー庁)
参考:資源エネルギー庁『日本のエネルギー2021年度版』エネルギーの今を知る10の質問
海外への依存を減らすため、省エネ化に長らく取り組んできましたが、輸入燃料が目に見えて減り始めたのはごく最近のことです。しかもそれは、2020年~2021年のコロナ禍による生産や移動の急減が主な原因ですから、今後の経済活動の回復によるリバウンドが心配になります。
●輸入燃料のエネルギー量の推移(2000年~2021年)
出典:財務省貿易統計
また、日本の輸入金額総額の中で、燃料の輸入分は最も大きな割合を占めます。しかも、化石燃料は国際的な需給状況に応じて単価が大きく変動するため、金額も大きく変化します。グラフからも、燃料(赤)が変化すると、輸入金額総額も大きく変動することが分かります。輸入燃料に依存することは、非常にリスクが高いのです。
●日本の輸入金額総額の推移(2000年~2021年)
出典:財務省貿易統計
日本がロシアから輸入している燃料はそれほど多くない
今回ウクライナに侵攻するという暴挙に出たロシアは、国内に大量の化石燃料を抱え、アメリカ・サウジアラビアと並んでエネルギーの「ビッグスリー」と呼ばれています。特に天然ガスの埋蔵量は世界一で、パイプラインによって地続きのヨーロッパに、大量の生ガスを効率的に供給することで、多額の外貨を獲得してきました。侵攻の戦費は、化石燃料の輸出で調達したといっても過言ではありません。
●ロシアの化石燃料の世界シェア
原油 | 天然ガス | 石炭 | |
確認埋蔵量 | 6.2% | 19.9% | 15.1% |
生産量 | 12.1% | 16.6% | 5.2% |
出典:bp”Statistical Review of World Energy 2021
ヨーロッパの多くの国は、ロシアからの輸入燃料に強く依存しており、侵攻後もなかなか輸入をやめることができません。政情不安も伴ってヨーロッパ全体で天然ガスなど化石燃料の価格が軒並み暴騰し、ガソリン代や電気代が急上昇。生活に困る人が続出しています。そうした痛烈な苦しみを伴いつつも、国際秩序を維持すべくロシアの資金源を断つために、ヨーロッパ諸国はロシアからの燃料の輸入をやめようと必死の努力をしています。
●ヨーロッパ各国のロシアへのエネルギー依存度
出典:IEA Reliaance on Russian Fossil Fuels Data Explore
●G7各国の一次エネルギーの自給率とロシアへの依存度
出典:資源エネルギー庁「クリーンエネルギー戦略 中間整理」
特にドイツは巨大な産業のために大量の天然ガスを必要としていますが、それでも2024年夏までにロシアからの購入を完全に終了すると宣言しています。そのために、ロシアの代わりとなる輸出国を血眼で探しています。
日本は島国なので、生ガスをわざわざ冷やして液化天然ガス(LNG)にしてからタンカーで輸入しているため、ヨーロッパの事情に影響をあまり受けてきませんでした。日本のロシアからの輸入総額は1.5兆円で、その多くは化石燃料ですがシェアは小さく、現状ではエネルギー価格への直接の影響は軽微です。今回のウクライナ侵攻では、むしろ魚介類や木材などへの影響の方が深刻です。
しかし、ドイツもLNGの輸入を積極的に進めることになり、世界を巻き込んだエネルギー争奪戦が、日本にも大きな影響を及ぼすことは必至です。今後、燃料単価が世界中で高騰し、円安が加速するなかで、日本全体の貿易収支が大赤字になりかねません。日本の富が海外に流出し、ますます貧しくなる瀬戸際なのです。
●天然ガスの単価
出典:World Bank
今後、電気代は上がるしかないのか
輸入燃料の値段が上がれば、電気代も当然上昇します。これまでも、電気代が上昇したことは何度かありました。特に、2011年の東日本大震災の後、原子力発電所の停止などにより電気代が上昇しました。特に割安な深夜電力などに頼っていた寒冷地のオール電化住宅は、値上げの影響を強く受けたのです。しかし2015年ごろに世界的に燃料供給が過剰となった影響で、電気代は下落に転じました。
その後、再エネ賦課金の上昇などで電気単価は再び上昇に転じますが、2020年以降はコロナ禍で経済活動が停滞し化石燃料がダブついて価格も急落したため、電気代も低下しました。今回はそのコロナの谷からの急上昇という局面なので、その値上がりの痛みはより厳しいものとなっています。とはいえ、これまで値上がりした時は、たまたまの幸運で何とか高止まりを回避してきました。今回も「喉元過ぎれば…」となるのでしょうか?
●平均世帯の電気代(月電力消費量260kWh 東京電力従量電灯B)
出典:東京電力資料を元に筆者作成
一国民としてはそうなってほしいと心から願いますが、おそらくそうはならないでしょう。現状は確かに突発的な事態が直接の引き金といえますが、その根底には世界的に脱炭素に向けて止まらない大きな流れがあるからです。これまでのように、何も考えなくても電気代がまあまあという暮らしは難しくなります。しかし、社会の流れを考えて、みんなでより望ましい未来に向かうことができれば、「どこでもだれでも健康快適に、電気代の心配なく暮らす」ことは十分可能です。この連載では、その問題を考えていきたいと思います。
次回は「電気代はどうやって決まっているか?」を深堀したら見えてきたことを紹介します。
執筆:前真之(東京大学大学院 准教授)