「建築知識2019年8月号」では、乃木坂46のヒットシングル「シンクロニシティ」のミュージックビデオの撮影舞台となった木造建築「北沢建築本社工場」[設計:三澤文子(Ms建築設計事務所)/構造設計:稲山正弘(ホルツストラ)]を取り上げました。日本の木を使った素朴な建築の魅力と、清楚な乃木坂46との“シンクロニシティ”をお楽しみ下さい。
本記事は本誌の内容をそのまま掲載しています
乃木坂46の「シンクロニシティ」(2018年4月リリース)は、累積売上100万枚超を達成したヒットシングル。〝個体どうしが次第に共鳴し合い、ある種の世界観を共有する〞、その過程を綴った楽曲である。そのミュージックビデオ(MV)が撮影されたのは、地域密着型の工務店・北沢建築(長野県)の本社工場。構造材を昔ながらの手刻みで加工する工場だ。
なぜこの工場が、撮影場所に選ばれたのか? MVのプロデュースを手がけた金森孝宏氏(ノース・リバー)に聞いた。「監督がスタジオではない、広くて無機質な空間を探していました。たまたま、北沢建築本社工場を発見。早速次の日にスタッフが現地に赴いて確認し、その場で撮影許可を打診しました。初見で、木やコンクリートの素朴な表情と、乃木坂46の清楚なイメージが〝シンクロ〞するに違いない、スタッフ全員がそう感じました」。
建物の設計を手がけた建築家 三澤文子氏も応える。「コンセプトは教会。小断面の木材による複雑な架構と、ハイサイドから降り注ぐ柔らかな自然光が、とてもよい雰囲気を醸し出します。結婚式ができるような空間を思い描いていたので、MVの舞台として採用され、とても光栄です」。
ただし、スパンは木造では難しい18m。しかも、大断面集成材ではなく、信州産の小さな製材(スギの無垢材)でそれを実現するには、木に精通した構造設計者の知恵が不可欠だった。構造設計を担当したのは稲山正弘氏。
「製材はか弱い部材ですが、うまく組み合わせることで、力強い構造が可能になります。この建物では、まず成300㎜以下、長さ4mの流通製材を樹状につなぎ合わせて18mスパンのトラス梁を構成。次に6m間隔のトラス梁どうしを、55×105㎜の小断面材(母屋・方杖)をルーバー状に配して一体化しました。大断面集成材では表現できない繊細な架構であり、完成した模型を三澤さんにお見せして『優美な架構ができました』と伝えたことを記憶しています。乃木坂46のイメージにもぴったりですね」。
撮影は大がかりだった。工場内にある設備の移動に加え、「MVに登場するメンバー全員が無垢な白いワンピースを身にまとい、足で踊ることを考えていた」(金森氏)ため、けがをしないよう、コンクリート床の凹凸や露出したアンカーボルトを、平滑に整える必要が生じた。
この要望に北沢建築の北澤宗則社長は快く対応。「コンクリート床の凹凸はパテ処理で埋めたほか、露出したアンカーボルトは切断。設備の移動を含めて、約1週間をかけて準備を行いました」。
当日はあいにくの大雨だったが、天候に左右されないよう、撮影スタッフが建物の周囲に数十台のスポットライトを配置。ポリカーボネート越しに注ぐ光は、MVでは違和感のない自然光に見える。
発売後の反響は絶大で、撮影場所が全国ネットのTV番組で紹介された直後から乃木坂46のファンのみならず、建築関係者が殺到したそうだ。
「発表から1年あまりですが、2千人くらいは来ているのではないか。会社の知名度・ブランドイメージが向上しましたし、乃木坂46というフィルターを通して、多くの人に、木の建築のよさを感じてもらえたのは、とても喜ばしいことだと思います」(北澤氏)。
偶然の出会いがもたらした望外の〝共鳴〟といえるかもしれない。
「シンクロニシティ」のMVはこちらから。建築の魅力と合わせて、お楽しみください!
写真=乃木坂46LLC